全身麻酔による手術の体験──深い眠りと術後の震え
手術室に入り、複数の医師が待機している光景を見た瞬間、緊張が高まりました。
麻酔が効き始めると、そこからの記憶はありません。
目覚めたときには、体が震えるほど寒く、電気毛布で温めてもらいました。
手術というものの重さを、体で実感した瞬間でした。
全身麻酔での手術
手術当日の午後1時頃、友人の1人がわざわざ来てくださり、私の緊張をリラックスさせて気持ちを和ませてくれました。
そして、いよいよ私の手術予定の1時半になり、緊張してきましたが、まったく呼ばれる気配はありません。
2時になっても同様に、呼ばれる気配は感じません。
私の前の人の手術は4時間にわたる大手術だと聞いていましたので、きっと大変だったんだろうなあ、と思いながら、気持ちを落ち着けるようにして待ちました。
2時20分頃になっていよいよ、手術室に来るように呼ばれました。
いよいよ手術
私は病室で友人と別れ、看護師さんに案内されて手術室に入りました。
不思議と落ち着いていました。
どうやら私は何事においても、事前に緊張していると、本番はあまり緊張せず、反対に事前にリラックスしていると、本番では緊張するという傾向があるようです。
手術室に入ると、今朝、挨拶に来られた男性医師2人と若い女性医師1人の、計3人が待っていました。
何で女性医師が? と思いましたが、私はまな板の上の鯉と同じ状態です。
少しでも意見を言える立場ではなく、反対に、すべてを先生方に委ねる立場にあります。大袈裟に言えば、言わば命を先生方に委ねる立場です。
主治医は見当たりませんが、部屋には、写真で見たダビンチと思われるものが手術台の横の方に見えました。
静かに出番を待っているような感じです。
手術台は細長く、横幅がありません。私の体が収まるだけの幅です。
医師の1人から、「手術台に腰掛けてください」、と言われました。
その次には、「上半身に着ているものを脱いでください」、と指示されました。
それから手術台に仰向けにさせられると、両腕を載せられるだけの細い台が、手術台の私の肩の辺りから斜めに出てきました。
そこに私の両腕を軽く縛り、左腕からの採血が行われました。
やがて酸素マスクを被せられて、「頭がぼんやりするようなものを出しました」、と言われました。
少しすると、「どうですか」、と尋ねられたので「まだ大丈夫です」、と答えました。
そこまではよく覚えているのですが、その後のことは全く覚えていません。
というより、記憶がまったくありません。
どうやら麻酔の影響でぐっすりと、深~く眠ってしまったようです。
事前に渡された説明書を後になって見て見ると、私が麻酔によって深く眠っている間に、合成樹脂製の細く柔らかい管を気管支に挿入したようです。
というのは、全身麻酔を行うと呼吸が止まってしまうようです。そのためにこの細い管を挿入して人工呼吸に切り替えるようです。
この管を通して酸素を送るわけですが、同時に全身麻酔薬も送るなどの複雑な工程をしながら全身麻酔を維持するようです。
ですから眠っている私には何も分かりませんが、心電図や血圧計などの、必要な様々な装置を体に付けながらの手術をしたようです。
そのようなことを考えると、確かに命を医師の皆さんに委ねていると確かに言えそうです。
事前に手渡された説明書は入院した日に手渡されたのか、それとも翌日に麻酔科医が来られた時に持ってきてくれたのかは、今となっては不明ですが。
麻酔からの目覚めの不思議な体験
私が気がついたのは、病室のベッドの中でした。
時間は5時に5分くらい前のことでした。
後で友人から聞いたところによると、手術は4時前には終わったようでした。
ですから、2時20分頃に病室に向かい、4時前に手術が終わりましたので、手術の準備や後始末などを考慮すると、手術自体は多分1時間ほどだったのではないかと想像しています。
順調に進み、終わったのではないかと思います。
私が目覚めたのは、友人が私の名前を呼んだので気がついたのです。
それは非常に不思議で貴重な体験でした。
私は深~い眠りの中にいました。すると誰かが私の名前を、非常に遠~い所から呼んでいるのに気がつきました。
その声は微かであり、「ん、誰」、と耳を澄ませました。
そしてまた呼ばれましたが、その声は今度はずっと近づいて大きく聞こえました。
3回目に呼ばれたその声はすぐ近くの目の前で、友人と分かる温かくて大きな声で聞こえましたので目が覚めました。
もし友人に呼ばれていなければ、私はまだまだ深~く眠り続けていたと思います。
あれだけの深い眠りはまず経験しないほどのものです。
はるかに遠い所から呼ばれ、その私を呼ぶ友人の声が非常に微かであり、2度目、3度目と呼ばれるたびにその声は大きくなっていきます。
事前の説明書では、全身麻酔では呼吸は止まり、人工呼吸に切り替えるということを考えると、大袈裟に言うと、言わば死に近い状態に陥り、そこから生の世界に戻ったと言ってもよいのでは、と感じます。
だからこそ、この不思議な体験をしたのではないかと思っています。
その友人は、目覚めてまだぼやけている私に別れの挨拶をして家に帰っていきました。
術後の寒さと震え
眠りから目を覚ました私は、まぶたを開けてすぐに、目にゴミが入ったような感覚になりました。
これは、深い眠りのために両まぶたが上下ぴったりと、強力に接着していたために、目を開けた瞬間に、目に傷がつくほどの力が入ったものと思います。
分かりやすくするため大袈裟に言えば、言わばバリバリっと音を立てながら目を開けたのです。
私は、もしかしたら角膜に傷がついたのではないだろうかと心配しました。
私のバッグには目薬が入っていますが、自分で取るには目が痛すぎて開けることができません。
それで看護師さんにお願いしてバッグから目薬を探して取ってもらい、頑張って目薬を付けました。
この経験も、いかに私が深く眠っていたかを裏付けるものだと思います。
その後、ベッドの私は、体が寒いことに気づきました。
まるで真冬にいるような感じで、文字通り体をガタガタ震わせました。
看護師さんはこうなることを分かっていたかのように、電気毛布を用意しており、私の布団の中に入れてくれました。
寒さを和らげる温かさで、本当に助かりました。
そしてまもなく、仰向けの私は看護師さんから酸素マスクを被せられました。
今度は文字通り酸素が、多分15-20分前後の間、放出されていたと思います。
なぜそうするのかは分かりませんが、よく呼吸のできた私には不要のように思えました。
それからしばらくして、私はまだ眠り足りないかのように、改めて深い眠りにつき、翌朝まで眠り続けました。
術後の寒さの意外な真実
手術後の寒さが続いているのか、翌日も目覚めたときから悪寒を感じました。
目の方は、角膜に傷がついたかも、と心配しましたが、どうやら大丈夫なようで、安心しました。
でも体温のほうは37度以上あり、最高が37.9度もありました。
看護師さんが気を遣ってアイスノンを持ってきてくれましたが、私には合いませんでした。
看護師さんにアイスノンを返却して、代わりに布団を一枚追加してもらって、温かくすることができました。
血圧もけっこう変動があり、上が143から100を、下は70から50の間を昨夜から変動していました。
それで看護師さんに、「どうやら私は風邪をひいたようですね」、と言いました。
本当にそうだと思っていました。
ところが看護師さんは、「違います」、ときっぱりと否定するのです。
「ええ!」、と私は驚きの声を上げました。
看護師さんは続けて説明してくれました。
「あなたの体は手術によって掻き乱されたので、体が元に戻そうとしているのです。それで熱があるのです」。
本当に驚きの答えですが、納得のいくものでした。
時々、年配の方たちが、「私は生かされている」というような表現をされます。
その表現の意味するところは、家族の熱心な看護や、病院の皆さんの働きだけを言っているのではないと思います。
きっとその人の体そのものが、当人を何とか生かそうとして働いていることを実感して、そのように言われるのではないかと思います。
私もこの病気になって、自分の体の不思議な働きを体感させられました。
ですから自分の感情のままに好き勝手に生活をするのではなく、自分の体との協調も大事ではないかと考えさせられました。
カテーテルが抜かれなかった理由
手術を終えて少しがっかりしたのは、カテーテル、つまり管がまだ抜かれていないことでした。
手術後はもう抜かれているものと思っていたので、がっかりです。
しかもカテーテルが排尿バッグに繋がっていますので、カテーテルを初めて挿入された、最初の状態に戻ったような感覚にもなりました。
挿入されているカテーテルは、これまでで一番太いと感じました。
なぜかというと、尿道が目いっぱい広げられているような感じで、そのための張りのある痛みを感じるのです。
きっと手術直後なので、大きな血の塊が出来やすく、それがカテーテルの入り口を覆って、尿の流れを塞いでしまわないようにするためだろうと理解しました。
実際、排尿バッグには赤々とした血尿がたっぷりと入っていました。
いかにも手術をしましたという明確な証拠でしょう。
その前立腺は、もともと毛細血管の多い所のようです。
レ-ザ-で、くり抜きと同時に止血をしたとはいえ、止血部分が剥がれたりすることもあるのでしょう。
何かのことで手や足に傷を負った場合のことを考えると、よく分かります。
完全に血が止まるには多少の時間が掛かります。それと同様だと思いました。
親切な先生の気遣いのある話
朝食を終えて間もなく、昨日の手術を担当され、恐らく主治医のサポ-トをされた先生たちが顔を出してくださり、今後のことを話してくれました。
手術を終えた私の関心事は、いつ退院できるかということです。
そのことを先生方に尋ねたところ、「管を抜くのは週明けの月曜日でしょう」、と言われました。
「では、管が抜かれたらそのまま退院できるのですか」、と続けて質問をしてみました。
「それは無理。きちんと排尿できるかどうかを確認しますので、退院は水曜日になります」、という答えでした。
後で来られた主治医の先生も同じ答えでした。
この退院に関連して、先ほどの先生方の一人がしばらくしてから再び来られて、一つの話をしてくれました。
それによると、アメリカでは医療費が高いので、手術が終わるとその日のうちにホテルに行く人がいるとのことでした。
その理由は、病院にいるよりホテル代のほうが安いことでした。
健康保険が不十分なアメリカでは起きそうなことです。
しかしその結果、かえって具合を悪くする人がいるということでした。
確かにそうだと思いました。手術後には何が起きるか分かりません。
病院にいれば、医師も看護師さんもおり、速やかに対処してくれます。
しかし誰もいないホテルでは対処のしようがなく、返って具合を悪くするのはもっともなことです。
日本の健康保険制度に感謝です。
この話を聞かせてくれた理由を考えてみました。
「早く退院したい気持ちはよく分かるが、私たちに任せて、十分に良い状態で回復してから退院してほしい」、ということを伝えたかったのではないかと思いました。
本当に有難い気遣いです。
まとめ
HoLEP手術では貴重で不思議な体験をすることができました。
- 全身麻酔による、すべての記憶を喪失する体験
- 友人が私を呼んだ時に経験した、本当に深い闇の中から徐々に現実に戻っていく様子
- 術後の震える寒さと、その後も数日間続く悪寒は、体が元に戻そうとして働いている
これらの忘れがたい、貴重な体験は宝のようなものであり、きっと今後の人生に何らかの形で良い影響を与えてくれると考えています。
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